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グリーンファーザープロジェクト

父子家庭のコラム  浜松市子育て情報サイトぴっぴ連載中













がんばれ!シングルファーザー ~シングルファーザーへの偏見と葛藤~

2016年3月13日

シングルファーザーのコラム最後となりました。今まで乱筆、乱文にお付き合いいただきありがとうございました。今回はやはり無視できないシングルならでは男性ならではの偏見と葛藤を綴らせて頂きます。

やはり職場でのポジションは仕事人間であればあるほど重要です。そんな立場の男性が突然、父子家庭の立場になったらどうでしょう? 育児に追われることはあっても、それを理由に仕事をおろそかにはできません。家電量販店の店長だった時、離婚したことを知った営業部長が店にやってきて、再婚のあてはあるのかと聞いてきました。それはそんな家庭の状態で店長職がまっとうできるのかという意味でした。その後、私は病気で入院し1年後には物流倉庫の責任者に配置換えを言い渡されました。最近、シングルファーザーを集めたテレビ番組に出演しましたが、そこで出会った父子家庭のお父さんも所長職でしたが、業績不振を理由に転職を余儀なくされました。
有能な男性なら「死別、離別でも、さっさと後釜を見つけて仕事に支障をきたすな、売上が下がるだろう」という意見だと思います。財力があればお手伝いさんを雇って、育児を任せることも出来ますでしょう。ご両親がご健在なら子どもの面倒を看てもらうのも可能でしょう。

しかし、世の仕事一筋の男性たちは、敢えて父親自身が育児の当事者となって子育てをする。その事を選択したことに対して敬意を払うことがなぜ出来ないのでしょうか?親が子どもの面倒を看るのは当たり前です。この行為が尊重されるべきなのに最近の日本社会は、待機児童の問題、子どもの貧困問題に見られるように子育ての価値が希薄です。仕事も生きるために必要です。でも子どもにとって祖父・祖母より、実の父・母に育てられる方がうれしいと思います。そのようなひとり親であっても、子どもがコンプレックスを感じることのない生活を維持し、そして望めば高等教育を受けられる社会でなければいけません。

今の日本はどうでしょうか。子育ての価値が希薄で社会的に尊重されない(育てる環境が整っていない)ので、産む人が減っているのは事実です。その結果人口減少に歯止めがかかりません。
近い将来高齢化社会を支える若い労働世代が足りなくなってきます。そうなるとその労働力を外国に頼らざる得ません。
移民問題が世界中で限界になっている現在、日本だけが今までのような移民を受け入れない立場を通すのは難しいでしょう。そして移民が流入した後、日本社会は初めていわゆる多様性のつるぼを経験します。
日本社会はきわめて同一性を重視してきた社会ですが、流入する、多文化や思想の前では無力かもしれません。歴史を振り返ると時代の流れに人々は翻弄されます。
そうなったとき、男は仕事、女は家事という価値観はとてもちっぽけな過去の遺物になるでしょう。

このような将来を考えたとき、未来の奏でる子どもたちに対して、今、現在、大人たちが何が出来るか、何が実践できるかが問われていると思います。

だから、当団体は学習支援を重視していますし、子ども食堂に挑戦したいと考えています。

 

文/NPO法人サステナブルネット理事長 渡邊修一さん


がんばれ!シングルファーザー ~親が病気になった時~

                                           2016年2月13日
シングルファーザーの場合、離婚後、実家にもどり子どもたちの世話を両親に見てもらうことが多く、父と子の核家族は少なかったのですが、平成26年に当団体がおこなった浜松の父子アンケートでは46%の方が核家族でした。最近は核家族が多くなって来ました。そうすると、やはりお父さんが病気やケガの時、心配になります。今回は私自身が入院したときのことを書こうと思います。

入院単身赴任2年目で離婚した私は東京の娘たちを連れてきて、3か月ぐらい経った時で、その当時は電気量販店の店長をやっており、朝8時半〜夜9時まで働いていました。病気の兆候は無く、当時は40歳でしたが健康診断で指摘を受けたこともありませんでした。
前の夜は食欲が無いと感じていた程度でしたが、朝起きてみると自分のお腹が妙に膨らんでいるのです。そして鈍痛にも似た痛みが断続的に起きています。それでも仕事もありますし、下の娘を保育園に連れ行かなければなりません。娘を着替えさせて車に乗せて、保育園に向かいました。その頃はかなり痛みが起きており、お腹を押さえながらハンドルを握っていました。
なんとか保育園に預けて、職場に出勤し、近くの個人病院に駆け込みました。待合室で横になっていたのを覚えています。レントゲンをとって待機しているとすぐに総合病院に入院が必要ということでした。
その後はそんなに記憶が無いのですが、病院から職場に電話したかもしれません。しかし、2人の娘が通う小学校や保育園に電話した記憶がありませんでした。たぶん病院から電話してくれたかもしれません。すぐに処置室に運ばれ、ここからはあまりの痛さにトラウマになるくらいの処置で、気がついたらベットの上で寝ていました。それから1週間は鼻からホースをつけたまま過ごさなければなりませんでした。病名は腸閉塞、何らかの原因で腸のべんもう運動が止まり、お腹が詰まってしまう病気です。手術ではありませんでしたが鼻から3m程のホースを腸まで入れて、ポンプで吸い出す必要があるからです。その日、小学校の先生が娘2人を連れてきてくれました。父親を見ると2人は大泣きし、後から理由を聞くとホースにつながれた父親の顔があまりにも憔悴しきって怖かったみたいです。大部屋でしたので他の入院患者の人ももらい泣きしていたらしいです。その後、滋賀県に住む兄が駆けつけてくれ、子どもを連れて行ってくれました。ちょうど冬休みになるタイミングでした。入院中は悪夢を見るような毎日でしたが、なんとか10日間で退院しました。
退院した後、営業部長から電話がかかって来ました。その時の内容はあまり覚えていないのですが、病状を聞いてこれから大丈夫かと聞かれ大丈夫だと答えていました。翌日職場に出社して、店頭に立っていると脂汗をかいて、「これは無理だな」と感じ早退してしまいました。翌年の4月には店長を外され、物流倉庫の責任者に配置転換し、その1年後には退社する決意になりました。

一度、大病を患うと人生観が変わりました。身体を壊してまで働くことはありません。退職後、1年間は職業訓練校に通い、子どもとゆっくりとした時間がもてて、遊んであげることも出来ました。腸閉塞は、癖になる病気といわれています。その4年後、お腹の異変に気がつき直ぐに病院に行ったところ、即、入院。娘たちはバスに乗って着替えを持ってきてくれました。早期発見のおかげで点滴だけで5日間の入院で済みました。ストレスがたまってどうしようもないときに再発する感じです。やはりその時に勤めていた会社も1年後、退社し、3年ごとに転職を繰り返すことになります。今回は反面教師にしていただき、こんな事態になる前に手を打つように、考える必要もあるのではないかと今では感じます。

両親、親戚などに頼れそうにも無いときは、行政に頼ることも考えておくべきだと思います。父子家庭の場合、弱音を吐けないお父さんも多いのですが、突然の病気などで子ども達が心配な場合は、各区役所社会福祉課の家庭児童相談室に相談してください。児童養護施設のショートスティなどが適応されると思います。また普段から当事者同士で緊急時の事を話し合っていただいても心強くなると思います。3月13日(日)午後1時から、浜松市青少年の家で「父子家庭のしゃべり場」開催します。父子家庭がお互いに普段の心配事などを語れる場にしたいです。 

文/NPO法人サステナブルネット理事長 渡邊修一さん

~ひとり親家庭の交流の場づくり~
2016年1月13日
今月5日、ひとり親家族バーベキュー(BBQ)開催しました。14組37人のひとり親の家族が集まり、親同士が交流し、子どもたち同士で、元気に飛び跳ねて充分遊べた機会を作れました。BBQをしながら、いろんな子どもたちを見ていると一番元気なのは小学3,4年生です。疲れを知らないぐらい一日中遊んでいます。

私自身は女の子二人を育てたのですが、女の子でも小さいときは活発でした。一度、真夏にプールに連れて行ったときがあり、放っておけば開園時間から閉園時間まで炎天下の中を走り回っています。これは男親でも体力的に付き合うのは辛く、たいへんな思いをしました。また元旦に遊園地のパルパルに行った時はフリーパスを購入して、まさかの全部の乗り物に乗らされて、最後コーヒーカップが立体的に動き始めたときは、私は二度と遊園地に行かないことを決意しテーマパーク嫌いになりました。

キャンプ自分の子ども時代は旅行に連れて行ってもらったときの記憶ぐらいしか残ってなかったので、夏休みには時間に余裕があれば、とかくキャンプに連れ出していました。春野町の気田川のキャンプ場には良く行きました。二人の娘と手をつなぎ、川の中を歩いていたとき、二人とも足を滑らせ流されそうになり、渾身の力で踏ん張った記憶があります。あのとき気を緩めていたら、二人とも流されて、たいへんなことになっていました。今から思うのに行き当たりばったりな子育てで、結果、事故も大病も起こさないで二人とも成人したことは、神様に感謝しています。男親でもひとりだとアウトドアなどに連れて行くとたいへんですので、母子家庭だとなおさらのような気がします。

ひとり親家族BBQはもともとはシングルマザーの方から、「男親がいないので子どもたちにBBQやキャンプを体験させられない」「そんなイベントがあれば参加してみたい」という言葉から始めました。今回は2回目で、参加してもらった親子はできればこの機会を利用して、他の家族と交流機会を作れないかと考えました。子どもたちは木工体験で、親ではない、他の大人たちに手伝ってもらいながら貯金箱をつくりました。保護者の方はみんなでBBQの準備をして食べるときはみんなで、ワイワイガヤガヤと会話しながら、おなかいっぱいになれたと思います。やはり「食べながら交流することが、お互いにいちばん打ち解けやすいのかな」、そんな気がします。BBQの後でも畳のお部屋で、交流会を続けました。

後で聞いた話ですけど、参加していたお母さんが新しい職を探していたのですが、ちょうど他のお母さんの職場で人を募集していたのでご紹介したみたいです。前向きになれる交流が出来たのです。

ひとり親の家庭はひとつずつ見ていくと凸凹と見えるかもしれません。でもこのような交流会を通して、すこしでもその凸凹が補い合える事が出来れば価値あることだと思います。BBQをたくさん開催することも必要ですが、もっと定期的に交流できる居場所があれば沢山の出会いが生まれます。その事例として首都圏では今、「こども食堂」が増えています。子どもたち晩ご飯を無料もしくは、300円で提供されるそんな食堂です。そこはもちろん親子で参加出来ますし、地域のボランティアの方も参加して、一緒にご飯を食べます。そんな食育を通して、ワイワイガヤガヤできる居場所をることが出来れば、自然に地域の方が集まってきて、ついでに学生さんが子どもたち勉強を教えたり出来ます。このような活動によりお互いの凸凹を埋め合う場所ができるかもしれません。私どものNPOも是非とも子ども食堂をなんとか始めたいと考えています。皆様のご協力をお願いいたします。

文/NPO法人サステナブルネット理事長 渡邊修一さん


がんばれ!シングルファーザー ~子育ての費用~

2015年12月13日

子どもの成長に伴い子育てにかかるお金は変わっていきます。私の記憶では娘が生まれてから1か月にミルク代1万円、紙おむつ代に1万円かかってたような気がします。もっと節約して良い方法があったかもしれません。下の娘が生まれてから、二人に同じように自転車を買ったり、ゲーム機器を買ったりしてなんやかんやで出費が重なります。私が電気量販店で働いて、神奈川の店舗から静岡に移ってきて異様に感じたことは、若い夫婦がご両親に平気で15万円程の冷蔵庫をねだる姿でした。家電やクルマの資金を親に援助してもらうことが当たり前ならば、孫のためにはランドセル、学習机、クリスマスプレゼントに至るまで出してくれるので、確実に負担額は違います。離婚するとこの辺の間接的な援助が少なくなるので、経済的格差のひとつの要因だと思います。

ちなみに私は二人の娘には、一番安いランドセルで当時8千円ぐらいのものを買い与えましたけど、6年間で壊れることも、ランドセルが原因でイジメられることもありませんでした。女の子二人姉妹で、雛人形も買いませんでしたが二人とも元気に育っています。

子育てに対する助成はいろいろあります。私の時代では出産に関する費用でも上の娘は出産育児一時金は28万ほどで確実に赤字でした。今42万円ほど健康保険から出ます。児童手当に関しても当時は小学校卒業で打ち切られていましたが、今は生まれてから中学卒業まで支給されます。このように足りないかもしれませんが手当の金額は上がっていると思います。ファイナンシャルプランナーの先生曰く、この児童手当を一切使わないで貯金すると中学卒業時には200万円貯まります。これを教育費の足しにすれば、大学進学時に楽になります。当時の私にこのような知識があれば、後々、困らなかったかもしれません。

教育資金は中学校になってから、降りかかってきます。小学校までは学力の差は目立ちませんが、受験を控え、中学2年生になると、ここで初めて子どもの学力不足に気が付いて塾に通い始めます。毎月3万の出費が生まれるわけですが、ひとり親には厳しい出費です。当団体は今年度から浜松市ひとり親学習支援の運営を始めていて小学生4年から中学生まで、学生や元教師のボランティアが教えてくれます。学力が下がってあわてる前からこのような無料学習支援を利用して欲しいです。私の子育ての時代にこのような支援があれば、塾代の負担がなかったかもしれません。

一番の教育費は大学進学です。おすすめはできませんが、下の娘はひとり親家庭でも大学進学を諦めず頑張りました。資金は奨学金の上限である450万と政府金融公庫の教育ローンで300万、合わせて750万の資金で4年間、岐阜の大学で管理栄養士の勉強をいたしました。仕送りは一切しておりません。これも親である私のふがいなさですが、卒業後は毎月5万の返済金が発生いたします。静岡大学の先生にも聞いた話ですが、このような学生が今は多いらしいです。

子どもの貧困の連鎖が社会的課題になっています。学ぶ意思がある子どもには、高等教育を受ける権利があると思います。ひとり親家庭だけでは無く、全ての子どもたちに必要な未来を提供するためには、まず大学進学無料化ではないでしょうか。文/NPO法人サステナブルネット理事長 渡邊修一さん

がんばれ!シングルファーザー ~ひとり親家庭の生活費~
2015年11月13日
ひとり親家庭が手当のお金に頼ってばかりでなかなか自立しないのではないかというご意見があるのは存じ上げています。今回はあえてこの問題を取り上げてみたいと思います。

ひとり親家庭向けの託児付き講習会をおこなうと、まだ子どもの年齢が低く、母子家庭のお母さんが無職の場合があります。まだ子どもが小さいので一緒に居てあげる時間が必要と考えてのことだと思います。私は「働いている方より、自由時間があるので、その時間を使って是非ともスキルアップに使ってください」とご案内しています。最近はどんな仕事でもパソコンのスキルが必要です。当団体でも毎月一回浜松市勤労会館Uホールで無料パソコン教室をおこなっています。是非とも参加して頂いて少しでも再就職に有利になってほしいものですが、多数の方が来ていただいているとは言えない状態です。まだまだこちらの広報が足りないか、あまりパソコンの必要性を理解していないかと感じています。

母と子

しかし一方では、自立を考えない方ばかりでは無く、関わった母子家庭のお母さんは、来年4月から復職が決まっております。それまで手話の教室に通ったりしてスキルアップを実践しています。その方が悩んでいることは4月までに子どもが保育園に入所できるかどうかで、入所のあかつきにはフルタイムで働くことで、児童扶養手当の対象では無くなります。特別かもしれませんが、このひとり親家庭のお母さんは自立に向けて計画的に復職する良い事例だと思います。

ひとり親家庭の手当で代表的なのは児童扶養手当です。これは永遠にもらえる手当では無く、収入の過多で減ったりします。そして子どもが18才を過ぎれば無くなる手当です。
子育てにおいて、18才以降にも大学進学等、お金が必要になることは皆さんもご存じだと思います。それまではパート勤務で15万ほどの収入で残り4万を手当でもらっている、その生活でなんとか続けていったとしても、児童扶養手当が切れた途端、収入が減り、その埋め合わせに正社員の仕事を探してもなかなか見つからないのは当然です。先日、母子寡婦福祉会の関東ブロック総会に参加した時も、会長さんの言葉の中で母子家庭の皆様に是非、正社員を目指すよう、訴えかけていました。また「しんぐるまざーずふぉーらむ」の理事長の赤石さんの講座に参加してきましたが、その中で「稼げるだけ稼いでください」とおしゃっていました。ひとり親にとって稼ぎすぎというものはなく、稼げるときに稼ぐべきだと考えます。児童扶養手当をもらいながら、無理しない範囲で働きたい、自由な時間がほしいと思うのは当然かもしれません。しかし、実情は条件があう仕事が選べる求職状況ではありません。子どもの成長ともに必要な生活費は変わります。それに合わせて転職していくほど、経済の状態は良くありません。残念ながら、企業は家庭の事情は自己都合、会社の直近の利益を最優先にして、それに呼応する人材を最優先にします。今、ワーク・ライフ・バランスを採用しているのは一部の大企業だけなので、女性の社会進出、ひとり親にやさしい、子育てにやさしい労働環境の改善は今後の課題になります。

その中で、ひとり親は、ふたり親の2倍の判断力、知恵、努力が必要になると思います。能力を2倍にするのは、努力次第でなんとかなる部分です。なんとかしても、2倍にならないのが「時間」です。ひとり親は仕事の後に、家事や育児が待っています。いかに効率良く家事をこなしていても、子どもは突然、無理難題を言ってきます。

父と娘

特に親が忙しく、余裕が全然無い時に限って、このようなことが起きます。先日、自営業をなさっている父子家庭のお父さんが、月末、取引先を廻っている途中に交通事故を起こしてしまいました。娘さんに急に生理用品を買ってきてくれと頼まれて、イライラして、一旦停止を怠った為です。決して他人事ではありません。またそんな些細なことでイライラしたわけではありません。仕事で集中しているときに、突然、家庭の事情が入ってきて困るのは、仕事人として、責任感が強い人こそキツイ状況です。そして、仕事と子ども両方の希望をなんとかしたいと考えているお父さんにとって最も陥りやすい精神状態です。このような状況がひとり親の「時間的貧困」問題を表す、典型的な事例だと思います。

ひとり親家庭は、お金の問題が消えても、時間に追われ、たとえ時間の余裕ができても、お金の心配が出てくる。そんな状態に困惑しています。今本当に必要なのは「心の余裕」であると思っています。

NPO法人サステナブネットでは「ひとり親家庭の自立」をテーマにこれからの事業を考えています。父子家庭当事者である、木工工場の経営者の方との協働事業です。工場から排出される木材の端材を使って、家具を作っていきます。題して「ふぞろい家族のふぞろい家具」です。家族がふぞろいであっても、家具が手作りであって、大量生産でなくても、その価値を決めるものではありません。ひとり親家庭が作る、社会的メッセージを載せたフェアトレード商品です。関わって頂けるひとり親の方たちの自立を目指して、一緒に汗をかいていく「過程」と「関係」がこの事業の本来の目的です。ひとり親だと辛い事も沢山あると思います。お互いに「関係」を持ちながら助け合いができるネットワークを作っていきませんか。本当の自立は「離婚で失った自信」「心の余裕」取り戻すことかもしれません。

文/NPO法人サステナブルネット理事長 渡邊修一さん


がんばれ!シングルファーザー~子どもと過ごす時間。父親として、母親として~
2015年10月13日
離婚すると、子どもと過ごす時間が減るわけでもなく逆に子どもたちと過ごす時間が増えるのが父子家庭かもしれません。私の場合、離婚前に単身赴任をきっかけに浜松にやってきました。単身赴任中は月一回で東京に帰っていましたが、娘たちを過ごす時間が少なくなって、改めて子どもと過ごす時間の大切さを感じていました。今でも思い出す光景は、私が東京から浜松に戻るとき、バスを見送る娘たちが走って追いかける姿です。やっぱり親子は一緒に暮らさないといけないなと後悔しました。

そしてその1年後には離婚して娘たちを浜松に連れてきたのです。それからは一切自分の時間は持てなかったような気がします。仕事と子育てのどちらかです。当時は電気量販店の店長でしたが、懇親会も店内の事務所で娘たちを連れてきてやっていましたし、社員旅行にも子どもを連れて行っていました。今から思うと部下は、そのことはよく思っていなかったかもしれません。でもそんなことを気にかける、余裕も時間もありませんでした。

お父さんと娘

子育て中は、いつまでもこの大変さが続くのだろうと心配するかもしれません。一番かわいくて親と一緒に行動するのは、保育園から小学校低学年までのような気がします。それから以降は子どもの方から離れていきますので、この年代に一緒に過ごせる時間を増やせば良いと考えると、短期間集中で気が楽になるではないでしょうか。

小学校低学年まで、娘たちと川の字で寝ていました。お父さんが真ん中で両脇が娘たちです。寝るときになると真ん中のお父さんを取り合いになります。「パパこっちを向いて」と両脇の娘から言われるのはすごく気分がいいものです。それに普通、男性にとってそんなに慕われる瞬間はありません。その時代は、子育てもかなり大変な時期だったかもしれませんが、一生のうちで最も幸せな貴重な時間だったと感じています。子どもと過ごす時間がなかなか作れない、面倒と感じる前に、考え方を変えてみたらどうでしょう。こんな素晴らしい体験ができる貴重な時期をなぜ見過ごすのか、非常にもったいないことだと。

たぶん母親の方たちはこの幸せな時間を体験していると思います。父親はどうでしょう。子育てに対して当事者意識を持っていないとなかなか難しいかもしれません。しかし父子家庭の場合、いやがおうにも子育ての当事者になってしまいます。この差は歴然であり、つまみぐい育児とか、余裕のあるときだけ育児になってしまうのは、育児に対して責任を伴っていない為です。そんなお父さんはどうしたらよろしいでしょうか。映画「そして父になる」のシーンで福山雅治演じる父親に、リリーフランキー演じるお父さんが「子どもを育てることは時間なんだよね」と諭します。どんなに仕事が忙しくても子どものことを考えれば時間はなんとかなるということが正解かもしれません。

文/NPO法人サステナブルネット理事長 渡邊修一さん

がんばれ!シングルファーザー ~残業、出張の時~
2015年9月13日


私がシングルファーザーになった時は、上の娘が小学2年生、下の娘は保育園をあと半年で卒園するようなタイミングでした。単身赴任先の浜松に子どもたちを慌ただしく連れてきて、下の娘はどうにか職場の目の先にある保育園に入園でき、上の娘はちょっと離れた小学校に通わせていました。

家電量販店の店長をしており、店の営業時間は午前10時から午後8時まで、出勤時間は午前9時から午後9時までのまるまる12時間働いていました。役職は店長で管理監督者の立場だったので、残業代はつきませんでした。月間100時間程の残業時間でどのように育児をこなしていたか、我ながら不思議に思います。

朝、上の娘を小学校に送り出し、下の娘を8時半頃クルマに乗せて、保育園へ連れて行きます。9時前には出勤してそのまま働き、夕方5時頃に店の売上金を銀行に届けついでに店を出て、下の娘の保育園、上の娘の学童保育に寄り、銀行の夜間金庫に現金を入れて、コンビニに寄って食べるものを買い、自宅に子どもたちを置いて、職場に戻ってそのまま夜9時まで働いていました。

当時は40才で体力と精神力と健康には自信があり、この生活をこなせると思っていました。しかし1年も経たないうちに、突然、腸閉塞という病気になり入院するはめになりました。仕事一辺倒の私でしたが、この病気を機に人生観が180度変わり、2年後には13年間働いたこの会社を辞めることになりました。残業はほどほどにしていた方が身のためです。

次に転職した会社は社員4名ほどの小さな会社です。土木緑化資材を扱い、全国に出張がありました。入社面接時「1週間の出張が出来るか」と聞かれましたが、「まだ子どもたちが小学校の低学年、3日間の出張が限界」と答え、なんとか採用されました。さすがに3日間の出張でも、子どもたちを残してくるのは心配です。当時は下の娘が小学3年生、上の娘が小学5年生で、危険なことは百も承知の上で出張していました。例えば、ガスレンジではなく電磁調理器を使わせるなど、出来ることは工夫していました。とりあえず、姉妹ふたり居てくれたことが助かっていました。

その会社に3年ほど勤めていると、売り上げが伸びないことも出てきました。そんな時社長は、面接時の約束も関係なく、1週間の出張を命じてきました。その頃は九州地方を回っていたので、簡単に帰れる距離ではありません。それでも事故もなく、なんとか過ごしてくれた娘たちに感謝しています。その頃も出張の後、体調を崩して腸閉塞で入院してしまい、その会社もやはり4年ほどで辞めてしまいました。

父子家庭で、子どもを育てるということは、並大抵のことではありません。少なくても私にとってはそうでした。協力してくれる肉親が居れば頼ることをお勧めします。がむしゃらに働いても結果、子どもたちに充分に対応できず、仕事も続かなく、何もかも中途半端になってしまう。仕事も子育ての両立どころか、両方ともおろそかになる可能性があります。それならば、男親でも子育てに比重を置いた方が幸せかもしれません。

子どもたちに充分に対応できていたとは、思っていません。父子家庭のお父さんはどうしても弱音を吐けない、ひとりで抱え込んでしまう、そんなお父さんの一人でした。もう少し行政に相談するとか、知り合いに頼るとかは考えるべきでした。現在、ひとり親支援の活動をしているのも、そのときの後悔から始まっているのかもしれません。そして、現在のNPOでは、父子家庭のお父さんたちと少しずつですが、知り合いになって、顔の見える関係を増やしています。たとえば父子相談室に電話して頂いた父子家庭の木工工場の経営者の方と現在、イベントを協働でおこなっています。子どもたちと一緒にバーベキューや木工イベントや料理教室、浴衣着付け教室に参加していただき、子どもたちの表情、ひとつひとつに触れることに、家族同士の信頼関係が出来ていくと思っています。母子家庭や父子家庭の親子の姿を見ると、とっても親近感がわいてきます。私たちは子育ての当事者同士です。その共通の立場がそうさせると思います。そんなネットワークを少しずつでも増やしていきたいと活動しています。

文/NPO法人サステナブルネット理事長 渡邊修一さん

がんばれ!シングルファーザー ~園や学校が長期休暇の時~ 2015年8月13日

ひとり親の場合、仕事の休日は重要な意味があります。以前、入社したばかりの会社で先輩に休日出勤を命令された時、父子家庭ですので無理ですと断った記憶があります。それと、生活を持続させるために、子どもたちの休みに合わせて、土日の休みが良いのか、それとも平日休みでも良いのか、改めて考えてみることも必要かもしれません。私の経験ですと休日の休みが固定されている場合、他の休みは有給申請しないと取れないなど、面倒を感じたことがあります。それに比べて交代で勤務をしている場合、スタッフ同士で休日を融通できるなど、そちらの方が急な用事ごとに対応できて、どちらの職種も経験した私としては、必ずしも土日の休日が必須ではありませんでした。確かに小学校低学年ぐらいだと、子どもたちは休みで、親は仕事で家にいない場合は結構心配ですが、二人姉妹でしたのでまだ安心できていたのです。

夏休みなど子どもを家に残して仕事に行かなければなりません。残された娘たちは家で過ごす時間が長く、本人たちも飽き飽きするでしょう。当時は衛星放送でアニメ専門チャンネルをテレビで付けっぱなしです。学校のプールに毎日、通ったり、また家の中の小銭を集めて、近所の駄菓子屋に行ったりして、店のおばあちゃんにひんしゅくを買っていたみたいです。小学校高学年になると下の娘はお菓子作りに夢中になり、小麦粉をいつもこねて台所を汚していました。もちろんガスコンロは危なくて、オーブントースターと電磁調理器を限定して使わせていました。
こんなこともありました。二人の娘が小学校低学年の時、夏なのにエアコンを暖房モードにして動かし、私が帰宅するとゆで上がりながら寝ていました。大人だとすぐ気がつくことですが子どもはわからないのですね。

親子のちゃぶ台夏休みには連休がとれていたので、よくキャンプに連れて行きました。近場だと春野町や竜洋や知多のキャンプ場、富士の裾野、三重県まで足を伸ばしていました。ただ泊まり料金が安いからキャンプを選んでいただけですが、炭火で焼くと何でも美味しいので良い思い出になりました。
当団体の企画で夏休みの木工イベント「親子で作ろう!家族のちゃぶ台」を8月30日に浜松城公園で行います。ひとり親でもそうでない家族も対象ですので家族の思い出作りに是非とも参加ください。

浜松市は待機児童緩和のため保育園の定員をこの3年で500人ほど増やしてきました。定員が増えると、3年後には今度は学童保育の需要も増えることが考えられます。働く女性が増えると当然、学童保育の充実が求められます。東京の事例ですが生徒不足に悩む私立小学校がNPOとコラボして学校敷地内で学童専用の施設をつくりNPOに運営を任せました。夜は7時まで預かります。別途料金になりますが30種類ぐらいある課外授業のプログラムがあり、チアリーダーとか将棋とか多種多様の活動が出来るようになっています。この小学校はこの学童保育のおかげで働く母親の家庭の児童が集まり、児童不足も解消できています。

本当は、学童保育は学校の敷地内で行うことが理想的です。皆さんはご存じでしょうか? 学童保育や保育園は厚生労働省の管轄、幼稚園や小学校は文部科学省の管轄なので学童保育は学校の敷地外にあります。これでは非効率ですので政府としては二つの管轄が協力して事業を進めていくように指示しています。認定こども園もこの動きの一環です。保育園や学童保育が増えて、働きながら子どもを育てる環境が整えば、ひとり親家庭もそうでない家庭にとっても住みやすい浜松になります。浜松は人口が減少しています。一方、静岡県の中でも子育てしやすさを前面に出して人口を増やしている市もあります。身近な市政にも興味をもち、子どもたちにも住みやすい環境を作っていくのは地域住民の責務だと思います。

文/NPO法人サステナブルネット理事長 渡邊修一さん
こがんばれ!シングルファーザー ~参観会や学校行事の時~
2015年7月13日
はずかしながら、学校の行事に積極的であったかと聞かれるとNO!です。もちろん仕事を優先すべきだと考えていました。私自身、小学校5年生のとき交通事故で両親を失い、授業参観を来てくれる人はいませんし、そんな境遇では、気にかけて感傷に浸る余裕などありませんでした。一般的な考えとしては親になれば、自分の境遇以上のことを子どもたちにしてあげるべきでしょうが、なかなか大人になってもそんな余裕が生まれないのも現実です。そんなわけで学校行事に関しては、かなり私は娘たちに恨まれています。成人した今になっても、中学校の卒業式に参加しなかったことを思い出したようにいわれます。

今回は反面教師として、こんな親になってはダメですよということで、ダメダメな事例をご案内いたします。

授業参観私の場合、授業参観に出た記憶がありません。運動会も一回ぐらいしかないです。それでも離婚前はもちろん幼稚園の遠足に行き、人並みに運動会にも参加していましたので嫌いなわけでもありませんでしたが、離婚後は面倒な行事になってしまいました。
唯一参加したのは年一回の三者面談です。娘のうち、長女の方は、片耳が難聴のためでしょうかワイワイガヤガヤ騒ぐ場所はどうしても苦手で、昼休みは運動場で遊ばないで教室で本を読む女の子でした。それが担任の先生には協調性がないと感じたのでしょう。更に遅刻や居眠りで生活態度のこといわれて、娘と私で下を向いて、うなだれていただけの三者面談を過ごしていました。今の私ならば一言申すかもしれませんが、当時の私にとっては早くその場を立ち去りたい気分でいっぱいでした。

一方、次女のほうは活発でハキハキしている性格で先生に気に入られて褒められることばかりでした。本当はそれぞれの個性の違いですが、小学生時代での環境は本当に先生に気に入られるかそうでないかで変わってしまいます。
長女が高校生になり、3年生になると不登校がはじまりした。長女は昔から夜型の生活のため、しばしば徹夜明けで遅刻をするようなことが続いていました。それでも高校生になり、熱心に片道10km の道のりを自転車で通学していました。美術が専攻でしたので進学の道が経済的に難しいことを知った後、糸が切れたように学校に行かなくなり、保護者の私に対して学校から呼び出しがかかりました。何とか仕事が終わった後、高校に駆けつけてみると校長先生をはじめ学年主任、担任の先生、美術部の顧問が集まり、4人の先生に囲まれて、まるで圧迫面接の状態です。なんで校長先生までもが立ち会っていたのか。校長先生も父子家庭で、私の家庭と同じ二人娘で長女が不登校で高校を中退してしまい、同じ境遇の我が家庭の状況を見かねて、何とか娘に復学して欲しいとのことです。両家族も二人娘で次女の方は不登校にもならないで普通に育っているところも全く同じでした。でも良く考えれば、無駄な話です。教育者で人格者である校長先生が育てている、実の娘が復学出来ないのですから、うちの家族に校長先生以上に教育に関する熱意があるわけもなく、説得されながらもとても説得力のない校長先生のお話でした。呼び出しはその後2回ほどあり、結局あと何日間、休んだら留年になってしまう通達でしか無く、最後通牒を受けたあと、退学に至りました。

それから、やはり高校ぐらいは卒業していたほうが良いということで定時制高校に転入し、そこも半年で辞めてしまいました。もちろん定時制を辞めるときも親も一緒に呼び出されて面談したのですが、事務的な作業に終始して先生の顔も覚えていません。それから3年ぐらいして娘は高卒認定試験を受けたのですが、在学中は比較的真面目で単位もしっかり取っており、ひとつの教科の試験を受けるだけで認定試験を通ってしまいました。

親として、至らぬ事は沢山ありましたし、経済的にも、精神的にも、余裕はありませんでした。今から考えると、娘たちともっと向き合っていれば良かったかもしれません。ひとり親は仕事と家事と子育てにイッパイイッパイになってしまい、社会的孤立を生んでしまいます。

NPOの活動として、今、ひとり親家庭の学習支援を始めています、小学生4,5,6年生と中学生を、大学生と元教職員のボランティアが教えています。子どもたちにとってやっぱりお父さんやお母さんだけでは無く、第三者の大人がそばに居てあげる機会が本当に大切だと感じます。ボランティアの人たちも活き活きとして子どもたちに教えています。もっともっとこの学習会が広がって、参加してくださるひとり親家庭とボランティアが増えていけば、子どもたちの未来も広がるに違いありません。

文/NPO法人サステナブルネット理事長 渡邊修一さん
がんばれ!シングルファーザー ~病気の対処法~
2015年6月13日
かつて東京にいたときは季節の変わり目になると二人の娘たちは、決まって熱をだしてその都度、病院に連れて行っていました。住んでいたマンションも押し入れなどのカビが出るなど、東京はジメジメしていました。浜松にくるとそんなことも無くなり、やはり浜松は、空気とか環境は、都心に比べて子育てにとって、すばらしい場所だと思います。

待合室

いざ子どもが病気になった時、どのような対処をするか、誰もが悩んだことがあると思います。突然熱が出ると、簡単に病院に連れて行くことができれば問題はないのですが、日曜日や夜間の場合もあります。ひとり親の場合、仕事を休んで連れて行くのも難しいので、私はよく夜間診療に連れて行きました。夜間診療の場合、1日ほどの薬しか出されず、「近隣のかかりつけの医者にかかりなさい」と言われることも多いですが、子どもたちがとりあえず安心するのがよかったです。

子どもの病気に関しては苦い経験があります。上の娘が幼稚園の年長の時でしょうか、おたふくかぜにかかってしまい、もちろん病院につれて行きましたがその時は医者から「おたふくかぜの薬はない」と言われ、そのまま帰されました。確かにおたふくかぜを治す薬はなかったのです。その後、娘の反応がおかしく、右耳が聞こえにくいということで、近所の耳鼻科に連れて行きました。診察の結果、聴力が落ちているのでしばらく様子を見ようということでした。しかし何回も通院していても回復の兆しがないので今度は大学病院に連れて行きました。

今でもその時のことを覚えています。先生が「お父さん、気落ちするでしょうけど聞いてください。娘さんの右耳の聴力は物理的な異常ではなく、神経が通じていないので一生治りません、将来大人になると、片耳が聞こえないためメニエール病などになる恐れがあります」と。右耳の聴力は10分の1程度しかありませんでした。後から調べてみると、おたふくかぜの合併症として、重度の難聴に1,000人に1人の割合で発症するおそれがあるということでした。下の娘も同じタイミングでおたふくかぜにかかったのですが、なんともありませんでした。運が悪かったとしか考えられませんが、片耳が聞こえないということは、聞こえない方向から声をかけられても気がつかないので、コミュニケーションに支障をきたします。片方が聞こえるため障がい者の扱いにはなりませんが、健常者とまったく同じではないため、生き辛さを感じるのです。

さて予防接種について、皆さんはどのようにお考えでしょうか?

予防接種

もちろんおたふくかぜのワクチンもあり、当時は三種混合のMMRワクチンとしてありました。しかし生ワクチンの副作用が問題となり、厚生省の意向でMMRワクチンが廃止され、定期接種から任意接種に変わったところでした。そのため娘は接種することなく、発症し重度の難聴になってしまいました。当時、私は愚かにも予防接種に対しての知識も自覚も低く、任意接種まで受けることはなかったです。その問題は風疹も関連しており、風疹患者が一万人を超えています。ワクチンを打って副作用が出る確率は、打たないで発症する確率に比べたら、断然少ないのです。日本はワクチン後進国と言われています。定期接種の数はフランスの半分です。そのため病気の輸出国とも言われています。全ての人がワクチンを打って病気を根絶することが大切ですが、その意味では日本は遅れています。

任意接種を含めて、お子さんがいる家庭では、今一度、何の予防接種を受けるかどうか、夫婦そろって考えてみてください。特にお父さんは、奥さん任せにしないで、子どものために予防接種スケジュールを立ててみてください。子どもたちには判断できないため、これこそが親の責任と思います。子どもの病気の時の対処法はできるだけ早くお医者さんに連れて行くしかないと思います。しかし病気になる前にできることはたくさんあると思います。かかりつけの病院を探す、普段から子どもの体調を観察する、流行の病気の情報を収集する、予防接種の考え方、歴史を学ぶのもそのひとつだと思います。 

育児の考え方が180度変わることは良くあることです。

たとえば私の時代はうつ伏せ寝が奨励されましたが、突然死の問題が出て、今はうつぶせ寝を奨励していません。以前は植物アレルギーの原因である卵、小麦粉、ピーナッツなどは0歳児から3歳児の間、食べないほうが良いとされていたのですが、最近の研究の結果、この期間に食べていたほうがアレルギーになりにくいというデーターが出ています。ワクチンも子宮頸がんワクチンの安全性が問題になっており、以前はテレビ宣伝をしていたぐらいですが、今は厚生労働省も奨励していません。大人でも判断が難しい場面が出ています。新しい情報を積極的に収集して対処すべき時代になってきたかも知れません。

子どもたちのために親は学び、判断しなければなりません。

文/NPO法人サステナブルネット理事長 渡邊修一さん
がんばれ!シングルファーザー~子どもの預け先~
2015年5月13日
『子どもを預ける』これだけのことがなかなか難しい。身をもって知っています。私の場合、ひとり親になる前から、妻が病気を繰り返し、いろんな場所に子どもを預けていました。特に長女はたいへんでした。

当時は東京の町田市に住んでいて、次女が妻のお腹の中にいた時、切迫流産と切迫早産で入院を繰り返していたのです。切迫流産で妻の入院が突然決まり、長女を預ける所が見つからず、市役所に相談に行きました。長女は1歳になったばかり、その時の預け場所になったのが乳児院です。乳児院は家庭の事情で孤児が引き取られるところですが、保育園のイメージとは、ちょっと違う施設です。預けた後、面会に行くと別室の応接間に通されます。そこで30分ぐらい子どもと一緒に過ごすのですが、一切、他の子どもを見ることがありません。乳児院の造りからして、社会と隔離されているよう感じです。2週間後に、長女に異変が起こりました。娘と会う瞬間に父親だとわからなくなり、キョトンした表情になったのです。これは、親にとってとても辛いこと、急いで引き取った記憶があります。

保育園送迎

その後、義理の姉が保育園勤めをしていたので、滋賀の保育園に預けていたのですが、正規の手続きをしていないため、2週間あまりで、引き取ることになりました。一歳の上の娘を抱えて、新幹線に乗るのですが、そのうちグズリだして新幹線の連結部であやしていたことを思い出します。
そして、妊娠後期に切迫早産になり、また入院することになったのですが、近くの個人で経営している私立の無認可保育園で預けました。農家のはなれに託児所を設けて4~5人の子どもたちを預かっていた狭い場所でしたが、そんな場所でも預かってもらって良かったと思っていました。その後、次女は無事に生まれ、しばらくは平穏無事でした。

長女4歳、次女が2歳の時、妻は精神疾患を患っていました。突然、子どもたちの面倒を見たくないと、実家に帰ると言いだしたのです。当時の私の仕事は、電気量販店の店長、いつも帰宅は9時30分頃でした。市役所に相談すると、ちょうど、その帰宅条件に合う、相模原市の保育園が偶然に見つかったのです。午後10時まで預かってくれる、その名も『ドリーム保育園』を紹介してくれました。当時、自動車の免許が無く、自転車の前後に娘たちを乗せて3人乗り状態、時期は梅雨時、カッパを着せ保育園に通いました。朝8時半に預けて、その足で職場に通い、娘達のお向かいは夜の9時半ごろ、もちろん自転車で迎えに行っていました。ドリーム保育園といえども、自分の娘以外、そんな時間までいません。自分の娘2人だけが夜遅くまで保育園で過ごしていました。そのような生活を3か月程つづけて、このころの経験が、後にひとり親になってもやっていけると思っていたのでしょう。

結果的にその後、離婚をして、東京から娘たちを転勤先の浜松に連れて来ました。当時、上の娘が小学校2年生、下の娘は幼稚園の年長です。下の子はあともう少しで卒園でしたが、職場の近くの保育園に入れることができました。その頃の生活は、朝起きて学校の支度をして下の娘を保育園に連れて行き、店長として電気量販店で働き、その日の店の売り上げを銀行に入金するついでに、保育園と学童によって娘たちを引き取り、また職場に戻り9時まで働いていました。

そんな生活を続けるとやはり、体力の限界を知ることになるのですが、その話はまた次回で書くとして、離婚はともかく、子育て中にはいろんなことが起こり得ます。もし小さい子どもを預けなければならない時のために、みなさんも何処に預けることができるのかを調べておくことも大切です。

文/NPO法人サステナブルネット理事長 渡邊修一さん
がんばれ!シングルファーザー~シングルファーザーの不安と現状~
2015年4月13日
こんにちは、今年度からコラムを連載することになりました、NPO法人サステナブルネット理事長の渡邊修一と申します。ひとり親家庭支援を始めて2年になります。支援と書くとおこがましいのですが、ひとり親たちの相談、ひとり親家庭対象の講習会、27年度からはひとり親家庭の子どもたちの学習支援も始める予定です。
自分自身が父子家庭の当事者であることから始めた活動で、当初はなかなか父子家庭に関わることが難しく、一年経って少しずつ関わるお父さんが増えてきました。そこで考える事は、ひとり親家庭になった背景は人それぞれ千差万別であること、当事者たちは、それを言葉にして吐き出す機会が必要な気がします。

父親同士昨年、子育て中のお父さんのワークショップを開催しました。その時にお父さんたちは真剣に自分たちの内情を赤裸々に話し、子育てに対して他のお父さんの本音を聞くいい機会になったと言ってくれました。しかし、引け目を感じている父子家庭のお父さんはそれがなかなか言えないのです。
そのため、相談に乗るときは聞き役に徹して、相手を理解することに努めます。そして当事者同士、同じ苦労、同じ気持ちだと理解し、苦しいのは自分だけでは無いという納得ができれば、「社会的孤立」から抜け出せるきっかけができるのではないかと考えています。男性はどうしても自分だけで全てを抱え込む傾向があり、自ら孤立状態に追い込んでしまいます。弱音を吐けない気持ちはわかりますが、吐き出してしまうべきです。そのために私たちの活動があるのだと思います。

昨年、8月に父子家庭アンケート調査を実施、76件のアンケートを回収しました。行政においても76件の数を調査した実績は無く、当事者の声が聞ける貴重な資料となりました。

まず、驚きの結果として37%のお父さんたちが健康上に問題を抱えている事実が浮かび、仕事と家事に追われる中、健康管理がおろそかになっていると想像されます。また「働いても、働いても生活が楽にならない」「仕事と子育てと精一杯で、心身ともに余裕がない」という問いに肯定的な回答が65%にのぼり、張り詰めた糸が何時切れるかわからない状態が伝わってきます。そして重要だと考える相談や情報提供の内容は?という問いの中で多い答えで1,手当て助成2,学習支援3,相談事業とありました。まずは、経済的支援、子どもたちの教育支援、次に相談事業になりますが、相談相手には当事者による相談がいちばん多く選ばれています。この結果を踏まえ、当団体は直接的な経済的支援はできませんが、手当て助成などの説明や案内、ひとり親家庭学習支援の実施、静岡県西部など広域の相談事業など進めていきます。また母子寡婦福祉会とも連携し父子家庭も母子家庭も共通の共感を持ち、お互いに助けあう仕組みを考えていきたいと思っています。

ひとり親家庭の生きづらさは、当事者たちだけの問題ではありません。親元から離れた共稼ぎ家庭も同じ悩みがありますし、伴侶の死別、離婚はいつ襲ってくるかもわかりません。いろんな事情があって、ひとり親家庭になったとしても、子どもたちには平等な生活環境が必要です。社会が子どもを育てるという認識を広く得るためにも、今一度、父子家庭のお父さんはその現状を社会に向けて発信する必要があるのではないかと思います。

文/NPO法人サステナブルネット理事長 渡邊修一さん


 NPO法人サステナブルネット

〒433-8122
静岡県浜松市中区上島6丁目25-13

TEL 090-4468-0582

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